ゴルフのキャディバッグ造りを目的に設立された株式会社考英舎は、半世紀以上の歴史を持ち今日に至っています。
その二代目代表者である板垣義範様に初めてお目にかかったのは2016年3月中旬、少し寒さが和らいで来た頃でした。その後も何度か埼玉県の工房を訪ね、お話を伺う事が出来ました。
板垣氏によれば、キャディバッグ造りを一社にて全行程を扱い完成出来るのは、日本でも数社しか無いとの事。分業と機械化へ移行する業者さんが多い中、手作りでの物造りにこだわる板垣氏には、情熱とアイデアが満載でした。
━━━ 2代目として事業を継承されたのは?
板垣氏 叔父が昭和42年(1967年)に創業し、その数年後に私が継承しました。
学生時代は叔父の手伝いをし、配達の仕事をしていましたが、卒業後約3年間のサラリー
マン生活を経て後を継ぎました。当時26歳だったと思います。
━━━ ゴルフ会社としては変わった社名ですが?
板垣氏 当初はクリーニング屋さんと、間違われましたね。「新しい物造りを考えて行く」と言う
観点から、叔父がつけました。
━━━ 創業間もない頃は、どの様なお客様が主流でしたか?
板垣氏 創業間もない頃は、作家の方が多かったですね。例えば丹羽文雄さんとか。
当時は殆どの注文が、紹介を通じて入って来ました。少しでも安いものを探している様な
方は、来られませんし、商品への値切り話は一切出ませんでしたね。
皆さんが求められていたのは、オリジナリティなバッグだったと思います。
━━━ 半世紀の間、取り引き先も変わって来ましたか?
板垣氏 そうですね。取り引き先は随分変化しましたね。
個人やゴルフショップ、ゴルフ場さんからの注文に始まり、一時は大手メーカーさんの下
請けになって、OEM生産も行っていました。また台湾や韓国業者の下請けを、していた
時期も有りましたね。
取り引き先の変化は、時代の急速な変化に対し当社が、翻弄された歴史かも知れません
ね。
大手メーカーさんは一般的ゴルファーへ訴求出来る物造り、此れを追求していますので、
コストと迅速化などの観点から、分業と機械化は避けられない様に思われます。当社が目
指す一品物の物造りとは、明らかに方向性が異なっています。
━━━ 手造りの一品物キャディバッグ、その特徴を教えて下さい。
板垣氏 特徴としては、下記の4点に集約出来ると思います。
➊ ハニカム構造(実用新案登録)での充実した収納
➋ 破損し辛い
➌ キャディバッグ内でクラブが絡まない
➍オリジナリティ
━━━ 実用新案登録となったハニカム構造(機能的な収納)の件を教えて下さい。
板垣氏 かつて時代の要請に応えようと、大量生産へ対応した体制を構築して、臨んでいた時期も
有りましたが、現在は当社独自の物造り、特にハニカムを利用したバッグの構造に対し、
実用新案登録が出来た事から、物造りの原点を取り戻せている様に思います。
ハニカム構造、此れは当社キャディバッグの代名詞とも言える、大きな特徴になっていま
す。ハニカム構造の物とそうでは無いものは、下記2本のバッグ、その赤枠内の箇所を見
比べて頂ければ、違いが一目瞭然だと思います。
ハニカム構造にする事で機能的かつ収納力が、アップしたキャディバッグに仕上がってい
ます。このバッグをゴルフカートへ載せた時、プレーヤーは物の出し入れがし易く、利便
性が確実に向上しているのを、実感出来るものと思われます。
━━━ ハニカム構造はどの様な事から、発想されたのですか?
板垣氏 キャディバッグを持ち運ぶ時、利用者にはバランス良く持って頂きたい、また機能面を考
えた時、取っ手はバッグの上部にあるべき、これ等を常に複合的に考えていました。この
課題を実現すべく考案されたのが、ハニカム構造だったのです。
試行錯誤の結果、生み出せたと言えます。
━━━ 破損し辛い丈夫なキャディバッグが特徴との事ですが、その理由を教えて下さい。
板垣氏 当社ではバッグの根幹とも言える土管、この厚さ2ミリにこだわっています。
以前、大量生産で造られたキャディバッグの修理を、何点か依頼された時の事です。バッ
グの破損個所を特定する為には、分解作業が必要になります。その過程で分かったのは、
土管の破損が大半の原因だった事です。
1.5ミリの土管厚、此れが長期使用に耐えきれず破損していたのですが、此れを反面教師
にし、当社では2ミリの土管厚にこだわっています。
但しこの厚さにしますと土管作成時の縫製が難しく、より熟練した技術が求められます。
この問題を社内スタッフによる創意工夫でクリアした事で、2ミリ厚土管は当社キャディ
バッグの大きな特徴になっています。壊れ辛いバッグは、当社商品の魅力の一つであり、
セールスポイントとも言えます。
この製法は現在まで、30年以上にわたり変えていません。
━━━ キャディバッグの中で、クラブが絡まない造りとは?
板垣氏 バッグの中でクラブが絡まない、これも当社バッグの大きな特徴になっています。プレ
ーヤーやキャディさんが取り出しやすく、また納め易い様になっていて、プレー中のスト
レス軽減に役立っているものと思われます。
バッグ上部の円形部分は、通常6分割の仕切りになっていて、現在、多くのバッグの仕切
りは此れのみです。しかし当社ではこの仕切りを、バッグ底まで到達させています。バッ
グの空洞部分に軽量で丈夫な繊維を使用する事で、取り出し口より底まで全く分離した6
分割の空間を作りだしているのです。
この徹底した仕分けが、バッグ内でクラブが絡まない構造なのです。此処までする事は、
当然作業工程が増えコスト高にもつながって来ますので、大量生産品には適さない様に思
われます。
当社では、一品物の手造りだからこそ出来る製品だと、自負しています。
━━━ 様々なアイデアが施されたバッグですが、その素材が気になります
板垣氏 かつては帆布が主流だった時期も有りましたが、現在は高密度ツイルナイロンを使用した
製品も多くなっています。
このナイロン繊維をほつれ止め、撥水加工、メリヤス張りなどの作業工程を経て、バッグ
素材として採用しています。
現在使用している素材としては、帆布と高密度ツイルナイロン、この2つが大半を占めて
います。
━━━ ゴルファーが御社でキャディバッグを造りたい時、先ずどうしたら良いのでしょうか?
板垣氏 お客様におかれては、先ず電話かFAX更にはEメールなどで、ご連絡を頂きたいと思いま
す。
当社で製造している幾つかのモデルが有りますので、その中から基本パターンを選んで
頂き、オンネームなどの簡単なカスタマイズをして行く方法が基本になります。
更には基本モデルの組み合わせなども可能です。なおオンネームは1ヶ所につき無料です
が、それ以上に付いては追加料金が必要になります。またゴルフクラブのロゴなどを入れ
る場合は、特殊作業に成りますので追加料金のみならず、そのクラブの承諾書が必要で
す。
2022年12月初旬時点での受注状況は、2023年2月末まで目一杯ですので、現時点で注文を
受けても3月以降の発送になって仕舞います。此れはどうしても、作れる本数に限りが有
るからです。
━━━ 御社の受注ルートを宜しければ、お話し頂けませんか?
板垣氏 お客様から当社への入り口は、大きく分けて3つに分類されると思います。一つは個人の
紹介やリピーター、一つは大手デパートを通じ、一つは当社Webサイトから、と言うこの
3パターンに受注は集約される様に思われます。
とは言えスポットとして名門のゴルフクラブから、何十周年記念として数十本単位で受注
するケースも有ります。
━━━ 半世紀にわたる中でトラブルに巻き込まれた事が有りますか
板垣氏 1995年頃でしょうか、バブル経済もはじけて間もない頃でした。ゴルフショップさんへ
収めた製品の代金を、回収出来なかった事が有ります。後にも先ににもこれくらいです
ね。
大きな儲け話には、気を付けています。
━━━ ハンドメイドでの課題は?
板垣氏 当社の職人は、一から完成まで一人で出来ます。通常此処まで作業が出来る様に成るに
は、最低でも10年はかかります。しかしこの様な人材は、国内でわずかですから、今後
の日本の将来が心配になります。
大手メーカーではパーツ毎の分業体制になっていますので、お客様から修理などを依頼
されても、出来ないのでは無いかと思われます。キャディバッグの全体像を理解し、描
ける人材が国内から居なくなった時、どうなるのだろうかと不安な気持ちで一杯になり
ます。
━━━ 半世紀を振り返り、率直なお気持ちをお聞かせ下さい。
板垣氏 そうですね。会社経営と言う観点からのみ見た時、いい時は無かった様にも思われます。
しかし当社のオリジナルキャディバッグをお買い求め頂き、楽しそうにお使い頂いてい
るお客様を見た時、仕事に対する満足感が満たされていくのがわかります。
また私は物造りが好きなんだと、今更ながら思います。この二つが車の両輪の様に作用
し、50年以上もキャディバッグ造りを、続けられて来たのでは無いでしょうか。
今でも様々な素材に触れる度に、頭の中はアイデアで一杯になります。常により良いも
の、より喜ばれる物を造りたい、と考えています。現在のキャディバッグは、ある意味
完成品です。創意工夫によって味付けを変えられる部分は、少ない様にも思われます。
しかし物造りの気持ちを失う事無く、今後も挑戦し続けて行ければと考えています。
━━━ 長時間にわたり、お話しを伺う事が出来、誠にありがとう御座いました。
取材後記
板垣氏にお目にかからせて頂いてから、早いもので約6年が経過してしまいました。もっと早く仕上げたかった、此れが偽ざる心境です。
半世紀以上にもわたり手造りでの物造りに励んでおられる板垣氏の声を、少しでも届けられたのであれば、取材冥利に尽きます。
板垣氏連絡先
■ 名 称 :株式会社考英舎
■ 所在地 :〒336-0922 埼玉県さいたま市緑区大牧1499
■ 連絡先 :TEL 048-874-5971 / FAX 048-874-5970
■ 営業時間:平日(9時~17時)
■ 事業内容:ゴルフバッグ・ボストンバッグ・シューズケースの製造販売
■ U R L:http://www.koeibag.com/━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2022 年 12 月 16 日
文_大野良夫 © Yoshio Oono
日本ゴルフジャーナリスト協会 会員